金スマ【滝沢秀明(タッキー)】引退の真相を中居くんに語る。泣けます。中居正広の金曜日のスマイルたちへ 12月28日放送。

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12月28日放送の「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」では、タッキーこと、滝沢秀明さんが現役引退の真相そして、プロデュース業に回る背景がとてもとても丁寧に詳しく語られていました。沢山の知らない事実がありました。

 

知らなかったのですが、中居くんとの不仲説などもあったそうなのですね。今回、引退のニュースが流れて、真っ先に連絡をしてきてくれたのは中居くんだったそうです。

 

スマップの解散の時に色々思うところがあったのかもしれないですね、、、

 

 

 

金スマ:初めて語る滝沢秀明さんの幼少期

滝沢さんの引退まであと3日。中居さんに今の心境を真摯に語っていました。

 

中居くんと滝沢さん、不仲説が出ているとう話が出てるそうですが、それはないそうですねw

 

ジャニー社長のプロデュース業を引き継ぎ、表舞台から引退する滝沢さん。

 

自分の少年時代があって、ジャニーズがあって人生が変わった。ジャニーズに出会わなければ今の自分が想像できなかったと言う幼少時代に大きく関係がしていたそうです。

 

この番組で初めて語るそうです。。

 

滝沢秀明さんの過去

 

1982年東京と八王子市に3人兄弟の末っ子として生まれたが、出生児は分娩室が空いておらず、分娩室ではなく、待合室のベンチで出産したそうです。

 

お母様からは、賢く明るく育って欲しいという思いで名付けられたそうです。そして、小さい時にはいつも隅っこにして静かなタイプだったと。まさか芸能界に入るとは思いもしなかったそうです。

 

お母様は明るく社交的な性格でお母様が大好きだったそうです。

 

子供と父親の関係があまりなく、愛情を受けたと言う記憶がないそうです。

 

父との思い出

普段接することが少ない父親、ある日出かけたのを最後に父親が帰ってこずそれは両親の離婚だったそうです。数年して、あの時、荷物を運んでと言われたのが最初で最後のお手伝いだった。

 

大変だった幼少時代

その後母親が3人の子供を育て、朝から晩まで働き付けて、鉛筆や消しゴムも買えない時代だったそうです。

 

お父さんが出てしまい、生活は苦しくお金もないので、水と小麦粉でホットケーキみたいなものを作ってご飯にしていた。お菓子だけで過ごした時代もなく、真冬でもタンクトップと短パンで過ごしてたそうです。。当時はバブル全盛期、洋服も買えないと言うのは学校で滝沢さんのお家だけだったそうです。

 

学校の落し物を拾って自分のものにしていたなど、想像を超える生活を送っていたそうです。

 

いじめられたくもないし、強がっていたそうです。

 

唯一の贅沢が餃子。しかも中身はシーチキンだったそうです。子供達は初めて餃子を食べた時には、「これは餃子なじゃない!」と言っていたエピソードも。

 

僕がお母さんを助けなきゃと思った幼少期

ジャニーズとの出会い

 

子供ながらに早くこんな生活を抜け出したいと願うようになっていたそうです。どうやった子供でも働けるのか、しっかしなきゃという思いだったそうです。

自立を考え始めた中学生時代。

最初はなんと、プロレス!!

身長は143センチ、体重33キロしかなくプロレスラーを断念。

 

そんな時、当時お姉さんが夢中になっていたKinKi Kidsだったそうです。

何かしなくてはと思って、最終的にジャニーズにたどり着き、自ら応募したそうです。

アイドルになりたい訳でもなかったが、生活から抜け出すために応募したというのがジャニーズへの動機だったそうです。

 

ジャニーさんとの出会い

当時、オーディションで、少年たちにハンバーガーを配る謎の男性。

この人物がジャニー喜多川さんだったそうです。

ボロボロの服を着ていて、警備員さんだと思ったそうです。

 

滝沢さんは当時「ジャニーです」と言われてもジャニーズ事務所の社長すら知らなかったそうです。

 

このオーディションでは、「今井翼」さんもいたそうです。

 

オーディション時では、13歳だったそうです。

ダンスもできず、自己紹介もできず、ああ、落ちたんだろうなと思って帰ったそうです。

その1週間後、

ある日電話があり、「誰?」とジャニーさんから直接電話があり、「いついつ仕事が入ったから来て!」と。2週間後のキンキキッズのコンサートに来なさいとオファー。

 

滝沢さんは特別な雰囲気を持っていたというのが当時の今井さんのコメント。

 

家族の生活を支えたいという滝沢さんの気持ちが通じたのでしょうか。

 

その後、13歳でKinKi Kidsのバックダンサーとしてデビュー。

 

当時の気持ち

なんとも言えない瞬間だった。世界がガラッと変わった。

 

お母様は「合格後はものすごいスケジュールに追われて忙しくしていた。芸能界入りを前に、お母さん、僕はこれから先、マイナスなことを絶対言わないよ」

 

ここが人生の大きな分岐点だったそうです。

 

家族を支えるため、13歳でジャニーズ入りをした滝沢さん。

 

金スマ:幼少期について語る

幼少期は朝から夜の9時くらいまで働いていた。本当に貧しかったそうです。

 

父とは1年に1回くらいは当時はあっていた。1日だけ贅沢ができる日だった。現在は全く会っていない。デビューしてから全く会っていないそうです。

 

父からは、もう自分の息子だと思っていないと言われていて、自ら父親とは言えないのは、息子だと思っちゃいけないと言っていたそうです。

 

今井翼さんはまさに横にいて、出会ったそうです。

 

ジャニー喜多川さん、ちなみに再現映像の通りだったそうです。

 

金スマ:滝沢秀明さんのジュニア時代

 

ジュニア時代、滝沢さんと同世代メンバーに取材。

ジュニアは200人以上いたそうです。

 

そんな中、ジャニーさんが自宅や食事に招待してもらえたそうです。数人で言って、みんなで夢を語ったりなど。レストランと言ってもファミレスだったそうです。

 

ジャニーさんから沢山学んだそうです。どこかで、お父さんの存在と重ねていた滝沢さん。

 

ジャニーズに入って半年後、

「ジャニーズ史上最多ねドラマ主演が決定」を雑誌で知ることに。

直前まで知らされていなかったそうです。

基本は新聞などのニュースに知っていたそうです。

ジュニアの頃はテレビ見てて、「俺ドラマやるんだ」とか知ったそうですw

 

1995年 木曜の怪談 でデビューしたのが13歳。

1996年 誰かが誰かに恋してる

 

当時、中居さんはもう23歳。中居くんとの共演もしていたそうです!

 

かっこいいと思うのは「中居くん!」とインタビューでも答えているそうです。

 

タッキーは、オーディションの助手に14歳から面接官をしたりジャニーさんの手伝いをしていたそうです。入所1年目から異例の活躍をしていたそうです。

 

ジュニア自体が認知されるようになり、グループとして注目されるように。

 

16歳の時「タッキー、今日からジュニアをまとめて」と、嵐や山下さん、生田斗真がいた中、タッキーが指名されたそうです。リーダーといっても運営は大変だったそうです。

 

さらに、ジャニーズジュニア総出演の番組MCも任されたそうです。

 

ただ、僻みや嫉妬を感じることもあり、メンバーもファンの目も気になっていたそうです。

 

全てを任されていた滝沢さん。

あまりに重責に、ジャニーズを本気でやめることも考えたそうです。

 

ジャニーさんの存在。

これが父親の愛情なのかなと感じてはいた。

ジャニーさんからの言葉。

「僕はタッキーに10のことをあげるから、タッキーは1でいいから僕に返しなさい」

と。ジャニーさんに恩返しがしたいと、後輩の面倒を真摯に見ようと。

当時のニックネームは「小さなジャニーさん」だったそうです。

 

17歳の時には、「嵐」デビューを考えていると相談。

嵐を作ろうと思っているとジャニーさんから相談があり、ただ、タッキーは入らないと言われていたそうです。

ジュニアの中では、嵐にタッキーが入っていると思っていたそうです。

 

嵐の松本さん

「え、タッキーいないの?って思ったそうです。ハワイで結成会見の時に、タッキーいないぞ?!という雰囲気だったそうです」「ジャニーさんがいっていたことをいち早く考えてやっていたのがタッキー」

 

ジャニーさんからは、

「タッキーは、ジュニアを守るんだ」と言われていた。嵐の結成についてもジャニーさんと相談をされていたそうです。ジュニアをまとめていくことは後輩の育成や裏方作業までしていたそうです。

 

1999年 魔女の条件

17歳で主演ドラマで松嶋菜々子さんと共演。このドラマで初のラブストーリーで、最高視聴率は29.5%もあったそうです!

 

 

 

大人気ドラマをきっかけにレギュラー番組がスタート。

 

舞台演出

実はジャニー喜多川さんは、1万回以上の公演を手がけていて、日本でも有数の舞台演出かなのだそうです。

 

滝沢歌舞伎は和のエンターテイメントステージ。

もともとジャニーさんが演出した滝沢演舞場をタッキーが引き継ぐさいに、滝沢歌舞伎に名称を変更したそうです。

 

ジャニーさんは「僕が最初のお客さんだと思って作りないあ

 

 

ジャニーさんの教え1:普通じゃないものを作れ

 

和太鼓、観客から大人気の演目で練習も相当厳しかったそうなのですが、「普通じゃないものを作りなさい」と言われたそうです。

 

なんと、和太鼓ごと回転する回転太鼓を思いついたそうです。

 

2018年は、二人回転太鼓として進化。普通じゃない演出ですよね。

他がやったことはできないので、自ら考える。

 

4Dフライイング。

ラスベガスで使われていた技術を日本で初めて取り入れたそうです。

 

ジャニー喜多川の教え2:舞台から姿を消すな

 

通常、女型になるためには一度舞台から準備のために時間が必要。しかし、

主役がステージ上に10分も15分もいなくなるのは反対だとジャニーさん。

 

それを解決するために、舞台上で白塗りを舞台上の演出に!

逆転の発想。生化粧。

 

そして、早替り。も生まれたそうです。

 

ジャニー喜多川さんの誕生日会、滝沢さんが幹事

ここ3、4年誕生日会の幹事を滝沢さんがしているそうです。

 

インカムを持って、プロ演出しているそうです。

しかも、インカムを自前で用意しているそうです。

 

 

 

準備に関しても、お酒の発注もキスマイがしていて、後輩のジュニアと準備をしているそうです。レストランで頼むではなくて、ジャニーさんとメンバーだけで準備して持ち込みしているそうです。

 

2ヶ月くらい前からスケジュール合わせをして、スケジュール調整もしているそうです。

 

中居さんは今まであまり参加したことがないそうですが、過去1回だけ参加したことがあるそうです。

 

ケーキが大きすぎて、お店に入らないというハプニングもあったそうです。

 

中居くんから滝沢秀明さんへ伝えたい事

 

スマップのバックダンサーをした最後の後輩がタッキー&翼だったそうです。

バックにジャニーズの後輩がいたのは95年まで、滝沢さんは15歳だったそうです。

 

2002年に「タッキー&翼」としてデビュー。

 

2003年「夢物語」、2006年「Venus」、「Ho!サマー」など数々のヒット曲を。

そして、中居君が「うたばん」のMCをしていた時にも出演していたそうです。

 

2014年11月、今井翼さんがメニエール病を発症。

時に日常生活を行うことも。ストレスや過労が原因だとも言われていますが、原因不明だそうです。

ここで活動休止に。

その後、活動を再開したものの、メニエール病が再発し、無期限の活動休止に。

 

再び、二人の復活を待ちながらも一人で活動してきた滝沢さん。現状、復活は難しいのではないかという意見もあり、これ以上ファンをまたしてしまうのもということもあり、解散をまずは発表。

 

2018年9月13日にタッキー&翼を解散。

ジャニーズ事務所を退所。

 

滝沢秀明さんは、ソロ活動を続けるのかと思いきや、芸能活動からの引退を発表。

ジャニーさんと同じように裏方に回り、若手のプロデュースに回りたいと。

 

すぎには受け入れる感じではなかった。

いまの活動を続けながら裏もやると言うのもと言われていたそうです。

 

滝沢秀明さんの引退の真相

 

大好きなジャニーズをここから先繋いで行きたい。

ずっと、ジャニーさんが好きで、育って、ジャニーさんに親孝行がしたい。

 

と強く思っているそうです。

 

ジャニーさんに10もらって、まだ1つも返せてないと思っている。さらに、ジャニーズの良さを知ってもらいと思って、プロデューサーになって、もっと良いジャニーズを伝えていきたい!と思った。

 

人生をかけなきゃいけない。両方はできないので、引退をさせて、裏方に回らせて欲しい。

 

と語ったそうです。

 

滝沢さんのプロフェッショナルな意識がすごいですね。 

 

引退発表後の中居君の電話

 

引退を発表をして、一番最初に連絡をくれたのが中居君だったそうです。

 

中居君が伝えておきたかったこと。

連絡先をマネージャー経由で調べて、連絡をしたそうです。

 

ファンの人たちの想いがあるので、この番組を通じて、引退や解散のことなどを

 

今のタッキー&翼はまだ、点で丸がついていない。ちゃんと活動を終了する場が必要なのじゃないかと。年末も二人で出演だと。

 


中居君がくれた花道だと思っています。

 

と語っていました。

 

「中居君はちゃんと幕引きができなかった。今まで応援してきてくれた人たちはすごく大事で、ファンたちも次に進めるようにメッセージとしてこの番組と二人のショーが大事だと思う」と中居君。

 

そこに中居君を呼びたかったのに、中居君は真裏の番組に出演だそうです。

 

 

 

ジャニー喜多川さんのコメント

 

滝沢秀明がジャニーズJr.の育成でジャニーズを手伝いたいと言われた時、驚きとともに嬉しくて涙がこぼれそうでした。心から感謝をしています。

 

 

 

今井翼さんからのメッセージ

 

手紙が。

 

ファンとともに築き上げた時間を胸にそれぞれの道を進み成長していこう。

心から心からありがとう。

 

迷惑かけてごめんねと言うコメントも。。

 

中居君には、

人に対する思いやりなど、学ぶことが沢山あります。

大好きです。

といメッセージが。

 

滝沢秀明さんからのファンへのメッセージ

 

言葉で伝えるのは本当に難しいこと。

言葉にできないくらいの感謝、沢山のファンの人に支えられてこその芸能生活だった。

さようならは使いたくないと思っていて、ファンの人に伝えたいと言うのは「行ってきます」ということば。とにかく、大きな男になって、みなさんが知っている滝沢秀明として会える日があればいいなと思っています。

 

 

 

 

 

金スマ:番組概要

出演者

  • MC:中居正広
  • パネラー:大竹しのぶ 假屋崎省吾 室井佑月 (他)  安住紳一郎(TBSアナウンサー)

番組内容

引退まで3日…滝沢が語る封印された過去。中居君がくれた花道だから全て語る…。そして中居から解散した2人へ伝えたかった大切なこと…

 

 

滝沢秀明さん LINEおみくじのCMに登場

 

今年引退の滝沢さんですが年末年始に流れる、LINEのおみくじCMに登場するようですね!

 

大切なあなたに送ります♪ #LINEおみくじ

さらに期間限定スタンプも!

 

「おみくじ年賀スタンプ」アンバサダーに就任した滝沢さんがが出演する3日間限定のテレビCMが12月31日~2019年1月2日に放送。滝沢自身がスタンプになった「おみくじ年賀スタンプ」も発売されるようですよ!

 

 

 

 

 

 

 

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